内定を出し、あとは承諾を待つだけ。そう思っていたところに「条件を見て考えたのですが、月給をもう少し上げていただくことはできませんか」と切り出される。中小企業の採用で、決して珍しい場面ではありません。
ここで多くの経営者が迷います。断れば辞退されるかもしれない。かといって、その場で「わかりました」と言えば、既存社員との バランスが崩れる。せっかくここまで来たのに、という気持ちも働きます。この記事では、給与交渉を持ちかけられたその瞬間から、返答、そしてその後のフォロー連絡までを、順を追って整理します。
なぜ内定を出したあとに交渉が来るのか
まず押さえておきたいのは、内定後の給与交渉は「悪い知らせ」ではないということです。候補者にとって条件の話は言い出しにくいものです。それをあえて口にするのは、その会社で働く可能性を現実として考え始めた証拠であることが多いのです。本気で他社に決めているなら、交渉ではなく辞退の連絡が来ます。
交渉が持ち出される背景は、だいたい次のいずれかです。
ひとつは、他社からより高い提示を受けているケース。ふたつめは、現職の年収を下回るため家計の見通しが立たないケース。みっつめは、求人票の記載と面接で聞いた話に幅があり、下限の額で提示されたことに納得できていないケース。三番目は会社側に原因があることもあります。求人票と面接の説明にずれがあると、金額そのものより信頼の問題になりやすいので、求人票と面接での説明がずれると、辞退されるもあわせて確認しておくと役立ちます。
背景によって打ち手は変わります。ですから最初にすべきは、金額を動かすかどうかの判断ではなく、なぜその額を求めているのかを聞くことです。
その場で即答しない。持ち帰る期限を伝える
交渉を受けたとき、最もしてはいけないのは、その場で結論を出すことです。上げる方向でも、断る方向でも同じです。即座に上げれば「言えば通る会社」という印象が残り、入社後の評価や昇給の場面にも影響します。即座に断れば、候補者は「検討すらしてもらえなかった」と受け取ります。
その場で伝えるのは、次の3つだけで十分です。
- 言いにくいことを伝えてくれたことへの感謝
- 社内で検討する意思があること
- いつまでに回答するかという期限
期限を必ず添えてください。 「持ち帰って検討します」だけで終わると、候補者は待たされている状態になり、その間に他社の返事が来ます。目安としては2〜3営業日以内、遅くとも週内には回答したいところです。
その場の返答例です。
「お話しいただきありがとうございます。ご希望の背景も含めて社内で検討したいので、少しお時間をいただけますか。◯月◯日の◯曜日までには、私からご連絡します。もしそれより前に他社さんのご返事の期限があれば、教えていただけると助かります」
最後の一文が大事です。候補者の意思決定のタイムリミットを知らないまま検討していると、回答が間に合わないことがあります。他社と並行している場合の向き合い方は中途採用の「他社と迷っています」への向き合い方でも扱っています。
あわせて聞いておきたいのが「ご希望の額であれば、入社の意思は固まりますか」という確認です。金額を上げても他の理由で辞退される可能性があるなら、検討の前提が変わります。
金額以外で動かせる条件を並べてみる
月給を上げられないとしても、交渉のテーブルに載せられるものは月給だけではありません。中小企業でも動かしやすい条件を整理しておくと、選択肢が増えます。
| 動かせる条件 | 内容の例 | 検討時の注意 |
|---|---|---|
| 入社日 | 現職の賞与支給後に合わせる、有給消化を待つ | 欠員期間が延びる影響を確認 |
| 試用期間中の賃金 | 試用期間中の減額をなくし、初月から本給にする | 就業規則・労働条件通知書との整合 |
| 手当 | 資格手当、住宅手当、通勤手当の上限など既存制度の適用範囲 | 既存社員にも同じ基準で適用されるか |
| 見直し時期 | 通常は年1回の昇給を、入社6ヶ月時点で一度見直す | 「上げる約束」ではなく「見る約束」として伝える |
| 賞与の考え方 | 初年度の支給率、算定期間の扱い | 実績ベースの説明にとどめる |
たとえば仮の数字として、希望額との差が月2万円だったとします。月給を丸ごと2万円上げるのは難しくても、試用期間中の減額をなくして初月から本給とし、資格手当を月5,000円適用し、6ヶ月後に一度見直す——という組み立てなら、候補者の年内の手取り見通しはかなり変わります。
ここで気をつけたいのは、見直し時期の伝え方です。「半年後に上げます」と口頭で言ってしまうと、それは約束になります。「半年後に一度、実績を見て見直しの機会を設けます。基準はこの3点です」と、判断基準まで含めて伝えるほうが後々の齟齬が起きにくくなります。合意した内容は、口頭で終わらせず書面に落としてください。伝え方全般については内定通知の出し方で承諾率は変わる。伝え方とスピードも参考になります。
既存社員との整合をどう説明するか
中小企業の給与交渉が難しいのは、目の前の一人の問題では終わらないからです。同じ職種で3年働いている社員より、入社前の候補者の月給が高くなる。これは、遅かれ早かれ社内に伝わります。
判断の物差しとしては、次の順で確認するのが分かりやすいと思います。
- 提示額を上げた場合、同じ職種・同じ経験年数の既存社員と逆転するか
- 逆転するなら、その差を「経験・資格・即戦力性」で説明できるか
- 説明できないなら、既存社員側の賃金水準を先に見直す必要はないか
3つめに引っかかるケースは少なくありません。候補者の希望額が特別に高いのではなく、自社の水準が市場から離れてきていた、という話です。その場合は今回の一人を例外扱いするより、賃金テーブルそのものを見直す検討に入ったほうが健全です。
候補者に説明する際は、社内事情をそのまま話す必要はありませんが、「基準がある」ことは伝えたほうが誠実に映ります。
「当社は職種と経験年数で基準を設けており、今回のご提示はその基準に沿ったものです。ご希望額にお応えするには基準そのものを動かすことになるため、今回は難しいというのが結論です」
基準の存在を示すと、候補者は「値切られた」ではなく「制度がある会社だ」と受け取りやすくなります。
断るときの伝え方と、その後のフォロー
上げられないという結論になった場合、伝え方で結果が変わることがあります。押さえたいのは3点です。電話で伝える。断る理由を添える。代わりに動かせる条件を必ずセットで出す。 メールだけで「今回は難しいです」と返すと、候補者には拒絶としてしか届きません。
「先日いただいたご希望の件、社内で検討しました。結論としては、月給の見直しは難しいという判断になりました。当社は職種と経験で基準を設けており、そこを動かすことになるためです。 ただ、いただいたお話は真剣に受け止めています。試用期間中の減額をなくして初月から本給とすること、それから入社6ヶ月時点で一度、評価と処遇の見直しの場を設けることをお約束できます。基準は◯◯と◯◯です。 率直にお伝えしましたので、そのうえで改めてご検討いただければと思います。ご不明な点があれば、いつでもご連絡ください」
そして、ここで終わらせないことが大切です。交渉を断られた候補者は、少なからず気持ちが揺れています。回答から2〜3日たっても返事がなければ、こちらから短く連絡を入れてください。催促ではなく、判断材料を足す連絡にするのがコツです。職場見学の再提案、配属予定チームの社員との面談、現場の写真を添えた一言。金額で上回れないぶん、働く実感で支えるという発想です。
承諾後も、辞退の可能性がゼロになるわけではありません。交渉があった候補者はとくに、入社日まで連絡を切らさないほうが安全です。この時期の兆候の読み方は内定辞退は直前に起きる。兆候のつかみ方と入社までのフォローにまとめています。
内定後の給与交渉は、経営判断そのものです。一方で、そこに至るまでの日程調整や連絡、内定後のこまめなフォローは、社長でなくても回せる仕事です。判断に集中できる状態をつくることが、結果として交渉の場での余裕にもつながります。
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