苦労して採った一人が、入社から数週間で辞めてしまう。理由を聞くと「仕事を教えてもらえなかった」「誰に聞けばいいか分からなかった」といった言葉が返ってくる。採用そのものより、迎えたあとの最初の数日に原因があることは少なくありません。
その分かれ目になりやすいのが、入社初日の朝に「誰か見てやって」で始まるかどうかです。悪気はなく、むしろ現場に任せる良い判断のつもりで言われることが多い一言ですが、受け取る側からすると「自分の担当ではない」と全員が思う状態が生まれます。この記事では、教育担当(OJT担当)を入社前に一人決めるという、準備としては地味ですが効き方の大きい段取りを整理します。
「誰か見てやって」は、誰も見ていない状態をつくる
複数人に向けて出された指示は、責任が分散します。新しく入った人が机の前で手持ち無沙汰にしていても、全員が「他の誰かが声をかけているだろう」と考える。これは怠慢ではなく、人数がいる場では自然に起きることです。
新入社員の側も、忙しそうに動いている人の中から「この人なら聞いていいはずだ」と見当をつけるのは難しいものです。質問を飲み込む日が続くと、分からないことが積み上がり、ある日「向いていない」という結論になって辞意につながります。
担当を一人決めると、この構図が変わります。新入社員にとっては「迷ったらこの人」という宛先ができ、担当者にとっては「自分の仕事」になります。さらに、何が分からないのかという情報が一か所に集まるため、会社として受け入れ方を直していくこともできます。入社1ヶ月面談で聞くことで拾うべき話も、担当者がいるかどうかで精度が変わってきます。
選ぶ基準は、技能の高さより「時間が取れるか」
教育担当を決めるとき、多くの会社は一番仕事のできるベテランを思い浮かべます。ところが、そういう方ほど本人の持ち場が重く、新人に割ける時間がありません。結果として「忙しそうで話しかけられない人」が担当になり、実質的には担当がいないのと同じ状態になります。
選ぶ基準として優先度が高いのは、次の順番だと考えておくと決めやすくなります。
| 優先度 | 基準 | 見方 |
|---|---|---|
| 高 | 1日のうちに新人と接する時間を確保できる | 同じ場所・同じ時間帯で働いているか |
| 高 | 質問されたときに手を止められる立場か | 自分の作業に追われ続けていないか |
| 中 | 入社する人の業務を一通り知っている | 完璧でなくてよい。分からなければ誰に聞けばよいか分かる程度でよい |
| 中 | 本人が引き受けることに納得している | 一方的な通達ではなく事前に相談したか |
| 低 | 社内で最も技能が高い | 技能の高さと教えやすさは別物 |
役職者である必要もありません。入社1〜3年目の社員のほうが、自分が覚えたときのつまずきを記憶しているぶん、説明が具体的になることもあります。会社として見るべきなのは、その人の手が止められるかどうかです。
担当者に渡すのは、最初の2週間の予定表
担当を決めても、「あとはよろしく」で渡すと負担が一人に寄ります。渡すべきなのは、最初の2週間に何を教えるかを並べた簡単な予定表です。立派なカリキュラムは要りません。A4一枚で十分です。
たとえば次のような粒度で書き出します(以下は仮の例です)。
- 1日目:朝の集合場所・休憩の取り方・設備の場所・一緒に昼食/午後は見学中心
- 2〜3日目:担当者の作業を横で見る。終業前の10分で質問の時間を取る
- 4〜5日目:簡単な作業を一人でやってもらい、担当者が確認する
- 2週目:任せる範囲を一つ増やす。週末に15分、困りごとを聞く
ポイントは、教える内容そのものより「いつ声をかけるか」を先に決めておくことです。終業前10分といった固定の時間があるだけで、新入社員は「あとで聞けばいい」と判断でき、その日のうちに疑問が解消されやすくなります。入社当日までに揃えておく備品や手続きについては、入社初日までにやること。受け入れ準備のチェックリストもあわせてご確認ください。
担当者が休む日の代役まで、先に決めておく
見落とされやすいのが、担当者の不在日です。シフト勤務の職場であれば、入社2日目に担当者が公休ということも起こります。有給、出張、急な体調不良も当然あります。
決めておきたいのは次の3点です。
- 代役となる社員を一人(名前で指定する)
- 代役の日に何をしてもらうか(新しいことは教えず、前日までの復習や同行で足りることが多い)
- 新入社員本人に、誰が代役かを初日に伝えておく
本人に伝えておくこと自体が効きます。「明日は○○さんがお休みなので、△△さんに聞いてください」と最初に言われていれば、担当者不在の日に放置されたとは感じにくくなります。
担当者一人に背負わせない。支える側の仕事
教育担当は、通常業務に上乗せで引き受ける役割です。会社側が何もしなければ、担当者の残業が増えるか、教える時間が削られるかのどちらかになります。
支え方は難しいものではありません。担当期間中はその人の業務量を一部ほかに回す、週に一度5分だけ上長が「困っていることはないか」を担当者に聞く、新人の質問が担当者だけに集中しないよう周囲にも「入社した人がいる」と共有しておく。この程度でも、担当者が孤立する状態は避けられます。現場への伝え方は現場が「採用してるの知らなかった」を防ぐ。社内共有の最小ルールで触れた考え方が応用できます。
そして、これらを決めるタイミングは入社後ではなく、内定承諾の直後です。入社日が決まった時点で担当者と代役を指名し、本人に伝え、2週間の予定表をつくる。初日の朝に決めようとすると、現場の都合に流されて「誰か見てやって」に戻ってしまいます。
採用は、内定を出した時点でも入社日でも終わりません。応募から定着までを一本の線でつなぐという意味では、OJT担当を決める作業も採用業務の一部です。とはいえ、日々の応募対応や日程調整に追われていると、入社前の段取りまで手が回らないのも実情だと思います。
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